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海津市の文化財

海津市指定文化財

木彫観音立像(油島)

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 この観世音菩薩像は、宝暦治水工事に従事して亡くなった薩摩藩士の霊をまつるため、治水神社境内に建てられた義士堂の本尊として安置されています。

 像高は約1メートル、昭和初期に中国から渡ったものとされていますが作者や製作年代などは不明です。

 昭和19年(1944)に寄進され、昭和27年に義士堂が建立され奉安されました。以後治水神社の秋季大祭が義士堂で行われています。 

本町山車・末広町山車

 これら二輌の曳き山車は明治36年(1903)頃、当町古中島生まれの棟梁牧野與兵衛(明治41年没)によって製作され、それぞれの町民が費用を工面して購入したものです。

 本町の山車は高さ5.77メートル、縦5.82メートル、横2.97メートルあり、末広町のものは高さ6.64メートル、縦4.05メートル、横2.97メートルです。

 当時より折々の祭礼に曳き回され、長く町民に親しまれてきた山車は今も大切に保管されており再興を待つ声も聞かれます。 

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本阿弥新田助命檀

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  海津町本阿弥新田は、京都の豪商佐野紹益が開発した新田ですが、この地は洪水の常襲地域で水災が絶えず、地主である佐野家が困窮する周辺住民のため共同の避難場所を築きました。これが助命檀です。

 その築造時期を延宝2年(1674)と推測する説もありますが、歴史民俗資料館に寄託されている佐野家文書の中に文化2年(1805)「助命檀設置願」がみられます。ちなみに現存する堂宇は大正11年(1922)に改築されたものです。

 なお、かつて各地に散在した助命檀(命塚)のほとんどは消滅し、近隣地域で原形をとどめているのはここだけです。そして村の共有物が多い中、私財を投じて築かれたというのも稀な例と言えます。

山越弥陀三尊仏

 縦79センチメートル、横37センチメートルの弥陀三尊画像で恵心僧都の作と伝えられています。

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古磬

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 磬(けい)は奈良時代以降勧行の際、礼盤右側の架にかけて導師が打ちならす仏具で、この磬は鎌倉か室町時代のものと伝えられています。

時計コレクション

1.大櫓時計 

 明和3年(1766)、名古屋の時計師大橋道寿につくらせたもの。時刻を十二支で示した時計板が回転する、高さ約3メートルの大櫓時計です。

2.小櫓時計

 大櫓時計と同型で高さ約1.5メートル。

3.オランダ製置時計(3個)

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七重塔

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 高さ約4メートルの七重の石塔で、建武・元弘(1330年代)の兵乱に焼け残ったといわれ、当時は本堂裏山の上にありましたが、山崩れの危険をさけるため、天明元年(1781)現在地(行基寺境内)に移されました。

武装半跏像

 寒窓寺薬師堂内に安置され、現在ほとんど色彩は落ちていますが、木像彩色の神像です。

 製作年代は平安時代と推定されています。(国宝修理所鑑定) 

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釈迦如来立像

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 本来は高須藩主小笠原土佐守貞信の菩提寺であった高須開善寺の如来像でしたが、貞信が越前へ国替えの際、寺名を禅海寺と改めこの地に残されました。

 その後、寺は荒廃し、明治の大洪水の時に1度流されたともいわれます。大正になって禅海寺は廃寺となり、寒窓寺に合併安置されました。

製作年代は鎌倉時代と推定されています。(国宝修理所鑑定) 

御墨印

 延宝5年(1677)6月21日、当時の高須藩主小笠原土佐守貞信(寛永17~元禄4年高須在住)から寒窓寺に与えられた寺領寄進状です。

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円成寺の大提灯

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 毎年8月の地蔵盆に一対で飾られる大提灯は、手板を含めると長さ約4メートル、直径約1.95メートルにもなります。推定作成年代は、不明ですが、保管箱に安政3年(1856)の墨書が残っており、それ以前に当地の大工により製作されたと推測されます。

 輪や骨は当時のものをそのまま使用し、和紙だけを貼り替えています。

 県下に残る大提灯の中でも古い形態を残した貴重なもので、古くから子どもの疫病除けとしても広く信仰されています。

四方織部釉小菊印花文大香炉

 元治元年(1864)頃の加藤春岱の作品で、長方形の箱型の四隅の底にはがっしりとした足をつけ、重々しさと安定感を感じさせます。

 また、側面には四面とも小菊の花がバランスよく模様をつけており、この香炉名の由来にもなってます。

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西願寺山門

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 明治時代、今尾城の敷地・建物・立木などが競売に出された時、移築されて西願寺の山門となりました。

 二重の囲いからなる今尾城は、内部には濡門と外部には辰巳門がありました。今尾城のありし日の姿を今に伝える唯一のものです。

黄瀬戸釉狛犬

 元治元年(1864)の加藤春岱の作品。邪悪なものを寄せ付けない守護神の役目を持つ阿吽一対の狛犬は、陶工たちの上達祈願のための作品でもあり、神社に奉納されました。

 この春岱作の狛犬は、前足を真っ直ぐに伸ばし、守護神にふさわしい力強さを表現しています。

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山車・恵比須神

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 米の商いのために桑名によく出かけていた米屋商人が石取り祭りを見て、山車を今尾の町おこしにと大正元年(1912)に購入したものです。木材は台風で倒れた伊勢神宮の欅を使用しています。恵比須神は後に京都から購入しました。

 毎年10月の今尾神社例祭日に恵比須神を山車の上に乗せ、五穀豊穣・商売繁盛を祈願し、鉦や太鼓を打ち鳴らして祭りを盛り上げています。

早川邸

 濃尾大震災で大きな被害を受けたことにより、地震や水害を考慮し画期的工法を尽くして明治27年(1894)に建てられました。

 数寄屋造りの和風建築で、専門家も認める伝統美を備えた建造物です。広間には床の間や付書院が造られ、一指斎(千利休の茶道を継承する三千家の一つ武者小路千家の8代目)の花押が刻まれています。

 次の間の柱は丸太長押付、釘隠しには桂離宮の水仙模様が見られるなど100年の重みを感じ取ることができます。

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八手観世音菩薩像

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  文化8年(1811)仏師幻住仏愚厚代作。谷汲山華厳寺第33世豪真大和和尚の勧進により大阪難波新地嶋之内念仏観音講中が施主となって造像されたものです。

 一本の檜から本像を含む3体が作られており、平田町蛇池の宝延寺と池田町善南寺に奉安されましたが、善南寺の像は大正時代の火災で焼失しました。像高2.2メートル。 

円空仏(観音)

 延宝4年(1676)頃、羽島市出身の仏師円空によって作られた観世音菩薩像です。頭髪の部分にさらに1体の観音像が刻まれていて、背部には梵字が墨書きされています。像高1.04メートル。 

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高須別院梵鐘

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 高須城の時の鐘として、宝永2年(1705)に水野太郎左衛門政良によって鋳造されたもので、もともと瑞応院にあったといわれています。移された年代等は不明ですが、高須別院二恩寺は、高須藩主松平義建が嘉永3年(1850)に土地を寄進して建立されており、その縁で持ち込まれたと考えられます。 

徳永寿昌・昌重連署状(宛行状)

 慶長6年(1601)10月9日付け、今堀傳四郎(徳永氏の上級家臣の一人)宛ての所領宛行状。これにより、関ヶ原合戦の論功行賞と地域経営の実態が伺えます。 

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釈迦如来坐像

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    円満寺の本尊。像高1.41メートル。室町時代の製作とされています。

薬師如来坐像

 写真中央。円満寺脇侍。平安時代後期の製作とされています。像高1.305メートル。

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大日如来坐像

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 中央が平安時代後期の製作とされる大日如来像。像高1.421メートルで円満寺の脇侍です。

十一面観世音菩薩立像

 薬師如来像左に安置されています.。像高1.04メートル。平安時代後期の製作とされ、尊容と体躯の美しさが見事です。

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聖観世音菩薩立像

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 像高1.79メートル。平安時代後期の製作とされ、薬師如来像右に安置されています。

阿弥陀如来坐像

 大日如来像の左に安置されています。像高0.515メートル。鎌倉時代の製作とされています。

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地蔵菩薩坐像 ・ 木造天部像(4躯)

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 像高0.68メートルの地蔵菩薩像(写真中央)。像底に「京仏工 清水利兵衛  同 半兵衛」と製作者名が墨書されています。室町時代の製作。
 地蔵菩薩像の周囲に配された木造天部像(四天王像)は室町時代の製作で、躍動感にあふれています。像高0.678~0.701メートル。

 金廻四間門樋

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 明治期に築造されたもので、高須輪中の人々の生活の支え、排水・取水・逆水留に使われた当時を物語る貴重な施設です。

 

お問い合わせ先

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