| <1F>高須輪中 |
龍と蜃の彫り物が水の文化を象徴する大ホールに続いて、高須輪中の全体像を把握できる“高須輪中変遷劇場(地形模型)”があります。 4600分の1の此の大地形模型は、初めは明治24年の地形を表していますが、ビデオの説明に従って現在の高須輪中が姿を表す仕組みになっています。明治の河川改修前後の対比や土地改良の様子などが一目で見てとれます。 |  | また、大ホールの一隅には、水郷地帯の嫁入り舟のモデルもあり、舟運が盛んだった頃を偲ばせます。 |
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| <2F>輪中と低地の農業 |
第1展示室には、輪中のなりたちや工夫・河川改修の歴史・排水問題・新田開発の歴史・水防活動などについて詳しくわかりやすく学習できる内容になっています。タッチパネルで楽しみながら学習できる“輪中クイズ”も設置されています。 第2展示室には、輪中低地の当地域で行われた堀田農業のころの農具や民具が並び、現代の農業と比較しながら輪中の知恵や工夫を学ぶことができます。 |
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| <3F>高須藩 |
尾張藩主徳川光友の次男松平義行は、元禄13年(1700)所領の半分を高須とその周辺に移され、以後明治維新まで13代続きました。 3万石の小藩ながら名門の誉れ高く、多くの名君を輩出しました。幕末に活躍した会津の松平容保・桑名の松平定敬などは高須藩の出身です。 |  | 当館の3階部分に、高須松平藩御館の一部を復元してあります。すなわち御玄関から御書院の間にいたる主要部分に、能舞台(一般利用可能)と50畳の広間を加えたものです。 能舞台は一般の伝統芸能愛好者の方々にもお使いいただけます。 |
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| <屋外> |
海津町地区は県内の輪中の中でも低位部に属し、最低位の地域は溜まり水(湛水)に苦しみました。 低湿地帯の農業生産を少しでも高めるために工夫されたのが“堀田”です。現在は土地改良事業により全く姿を消しましたが、資料館前庭に小さいながら復元し、実際に稲を栽培しています。 |  | また、湛水排除のため明治36年海津町に初めて排水機場ができました。以後各所に設置された排水機のうちの1つが展示されています。 そして、別棟には明治中後期の建造と推測される木造の大型樋門“金廻四間門樋”が復元保存されており、希望者は見学することができます。 |
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