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四ノ手工区・宝暦治水之碑と西田家

2020年2月2日

ID:803

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宝暦治水之碑の写真
西田家の写真

金廻から伊勢湾河口付近までを工区とした四ノ手には、近世の治水工事で最大といわれる難工事が行われた油島締切(喰違)堤があります。そしてその一角には、その偉業を讃える宝暦治水之碑があります。
明治33年(1900)、時の総理大臣山県有朋を招いて行われた碑の除幕式の蔭には、戸津村(現三重県桑名市)の大地主西田喜兵衛を旗手とする、熱心な宝暦治水顕彰活動がありました。
庄屋や桑名郡北部の代官などを歴任した西田家は、宝暦治水の際にも宿舎を提供するなど工事の成功に協力を惜しみませんでした。そしてその事績を後世に伝えるため、詳細な記録を残しました。
しかし11代当主喜兵衛のとき、明治政府に不満を持つ民衆の動乱(伊勢暴動・明治9年)がこの地域をも襲い、公共施設や庄屋屋敷・商家などが焼き打ちに遭いました。
先祖代々守ってきた宝暦治水の記録も灰と化し、喜兵衛は顕彰活動を通じて広くその偉業を伝えることが自分の使命と思えたのでしょう。以後81歳で亡くなるまで、顕彰運動に心血を注ぎました。
ひ孫にあたる前ご当主によると、西田家では宝暦治水之碑を「記念碑」と呼んで、約70年程前までは毎月1回舟で揖斐川を渡り、家族で碑の周辺の清掃を行うなど先人への感謝の心を大切にされたとのことです。

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