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薩摩藩主島津重年の墓

2020年2月2日

ID:805

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島津重年の墓の写真

「濃州勢州尾州川々御普請御手伝い仰せ付けられ候間…」
はるか1,200kmも離れた木曽三川流域の御手伝い普請を命ぜられたときの薩摩藩主は第24代島津重年でした。
重年は22代継豊の子で、兄宗信(23代)が若くして亡くなった為その跡を継ぎました。
折しも普請下命のとき国元(鹿児島)へ戻っていた重年は、そのまま在国して藩士達の働きを見守りつつ工事の一日も早い完成を祈るほかありませんでした。
宝暦4年(1754)7月、9歳になる息子の善次郎(のちの25代重豪)を連れて江戸へ向かう途中、大垣に宿泊して翌日には一之手工区(羽島市付近)を平田靱負総奉行らの案内で見て回りました。藩主の直々のお越しは、藩士一同にとって至上の励ましとなったことでしょう。
もともと特病をかかえていた重年は、工事の完成や平田靱負の最後をも病床にて聞き、幕府の論功行賞(功績に応じて褒賞を与えること)の後、江戸の藩邸にて亡くなりました。
鹿児島市池之上町の福昌寺墓地には島津家歴代の藩主や夫人・子女らの墓が立ち並び、荘厳な雰囲気が漂っています。

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