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二ノ手工区・内藤十左衛門自刃の地

2020年2月2日

ID:810

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内藤十左衛門自刃の地の碑の写真
證玄寺入口の写真

宝暦治水の二ノ手工区は、現在の愛知県愛西市から木曽川河口部までの約12キロメートルにわたっていました。
この工区の普請監督として水行奉行高木家より現場に派遣されたのが、本巣郡十五条村(現瑞穂市)出身の内藤十左衛門です。
有能な治水土木の技術者であった十左衛門ですが、宝暦4年(1754)4月22日宿舎としていた五明村彦八宅で自ら命を絶ちました。
絶命間際に、「庄屋の不手際がもとで工事に不備が生じた。ひいては主人(西高木家)が問責されることのないよう、私が責任をとる。」と言い残したと伝わっています。
宝暦治水工事における幕府側唯一の自害者として、弥富市の證玄寺や治水神社境内にその遺徳を偲ぶ碑が建てられています。

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