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薩摩藩士の遺墨

2020年2月2日

ID:807

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薩摩藩士が詠んだ和歌の写真

三之手工区の拠点の一つであった大薮村(輪之内町)では、多くの薩摩藩士たちが地元の民家などに寄宿して工事に励みました。
三之手では難工事といわれる大榑川洗堰の築造などが含まれて、この地で命を落とした藩士も判明しているだけで7名います。
「枝も葉も 尚々ふやせ 今年竹」
この句は、大薮村の山崎八左衛門(号:楚垂子)の元に寄留していた薩摩藩士(号:桃山)が、いよいよ故郷鹿児島へ帰ることになったお別れに贈ったものです。
前書きには「楚垂子の元に2年越しに滞在して、風流を好む主(楚垂子)と親交を重ねつつ月日を過ごしてきた。めでたく帰郷することになったが、忙しさに取り紛れてゆっくりと別れを惜しむこともできない。ただ、(楚垂子の)今後の繁栄を祈るばかりである。桃山」とあり、困難を極めた治水工事の辛苦の一方で、地元の人々と藩士の心温まる交流があったことを示す遺品です。

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